椎名太平記 金山城下


松倉城下は、応永年間に二里山奥の松倉金山が発見されてから金山と呼ばれている。

金山城下の人家は三千余り。

松倉城を取り囲むように人家が建った。

最近、金脈が次々発見され、新たな坑道が開かれた。

それらの商いは全て金山城下で行われている。

 

町の周りは柵が巡らされ、各木戸には番卒が槍を構えている。

 

 

 

山麓から中腹の椎名館まで、椎名家臣の屋敷が立ち並ぶ。

商人や職人達の町屋は川沿いに密集している。

 

夕刻近く、彦三郎は小津からの荷駄を待っていた。

やがて小舟が人夫に引かれて登ってきた。

「ただいま着き申した。」

小舟には番頭の平次の姿が見えた。

「ご苦労であった。」

彦三郎は手を振った。

 

 

ここからは陸路である。

早々に馬問屋が荷を馬の背に括りつけた。

「急ごうぞ。」

金山の城下は坂の町である。

彦三郎は、上り坂を登る。

神前和泉守屋敷を過ぎてしばらくすると数軒の鍛冶屋が見えてきた。

 

聞くところによると、鍛冶屋や紺屋は引き合いが数多あって職人たちも忙しく立ち働いているそうだ。

 

 

一軒の小屋の前に馬を止めた。

「待っておったぞ。」

大きな声が聞こえてきた。

暖簾を掻き分けて、大きな丸顔の男が顔を出した。

「良くこられた。」

「すでに夕刻じゃ。まずは一献傾けて、じっくり御荷物を拝見居たそうではないか。」

 

「彦三郎は頷いた。」