出 陣
|
ドドド、ドドド
天文17年5月8日 「お〜う」
石の門の守将、椎名太郎左衛門が門を開く。
神前和泉守は太田上郷を本領とし、松倉城下にも屋敷を持つ、大名格の重鎮で椎名家の家老職にあった。 椎名屋敷では、康胤が上段の間に座り、神前和泉守からの書状を読む。 康胤の眉間にしわが寄った。 理由は、神前和泉守と城生城主斉藤氏との領地争いへの介入である。
しかし、本当の目的は、飛騨への物流の掌握にあった。 神通川の東街道は、船津の領主、江馬氏への「塩の道」であり、神通川西街道は、国府にある三木氏への「塩の道」であった。
そして両者は、飛騨国の制覇を競っていた。
「神保の目的は、布市じゃ。」 「神通川だけでなく、陸路も押さえ利権を我が物にしようという魂胆に間違いない。」 「ここに至っては是非も無い。皆を集めよ。軍議じゃ。」
当時、水橋から新庄、布市を通り、飛騨・船津へ抜ける街道の利権は椎名氏が抑えていたのである。
半刻程で、椎名の重臣が広間にした。
「太田郷は椎名家の所領。そこに軍を進めるは明らかな挑発。」 「我らに同心する方々に加勢を求めようぞ。」 「新庄城は、轡田殿が守ってござる。」 「小出城には唐人式部殿がおいでじゃ。」 「越後、長尾晴景殿に後詰を願い出しましょうぞ。」 「まず太田本郷城に入り、弓ノ庄の土肥殿、唐人殿の軍を結集すべきと心得ます。」
軍議では議論が百出した。 しかし事は急を要する。 康胤は立ち上がった。
「思えば、3年前に神保が富山の城を奪ったのがこの伏線にあったのか。」
今日は暑い。 初夏を迎えて日差しが強い。
おのれ神保め。
玉のような汗が額から噴き出した。
ブォォ ブォォ 山間に法螺貝が響く。
千余はあろうか。
御屋敷を埋めるように椎名家臣団が勢揃いした。
「神保はかなり鉄砲を買い求めたそうな。油断は出来ませぬぞ。」
「新川の諸将の参陣を待つのじゃ。」
椎名軍は夕刻、宮窪館に入った。 現在の滑川市宮窪である。 椎名康胤の下知によって、使番が各地に散った。 陣触れに応じて、陸続と諸将が集結する。
「飛騨六郎衛門尉どのご到着。」
幕営地にどっと歓声が上がる。
早朝までにその数は二千余となり、館の周辺に次々布陣していく。
翌朝、康胤は着陣した諸将と軍議を開いた。
「先般、新川郡大田郷に攻め入り言語道断。」 「近年の、神保長職の動き、まことに信義に反するものである。」 「今こそ新川郡守護代として賊徒を討ち、天下に正義を知らしめなければならぬ。」
軍勢は、新庄城に入る。ここで土肥の軍と合流した。
新庄には百ばかりの守兵を置いて、主力は昼過ぎに新庄城を出立した。 そして飛騨街道を南下、太田郷の中心、布市城に入った。 城の南に、菩提寺として興国寺がある。 かつては野市と呼ばれたこの周辺には人家が密集し大きな町を形成していた。 そして、定期的に野と山の物産を交易する市が開かれていた。
この太田郷は椎名氏の直轄領である。 陣触れに応じ、次々太田郷の名主・百姓も集結した。 その勢は三千五百という大軍に膨れ上がった。
旗指物が風になびく。 その中には、僧兵の一団もいる。
五千と号して増山城を出陣した神保軍は、神通川以西の土豪に合力を願い、その勢力は日々膨れるばかりであった。
前線とは伝令が次々往来。 陣営は騒然としていた。
「神保の軍勢、今早朝、先鋒は神通川を越えましてござりまする。」 「先陣は小島六郎左衛門、津毛に向かうものと思われます。」
「直ちに後巻致せ。」 「出陣じゃ」
康胤は采配を振るった。
伝令の報告が届いたその頃、神前和泉が寄る津毛城には神保の先陣が迫っていた。
神保兵がじわじわ、城の大手、七曲を登ってくる。
「おのれ、蹴散らしてくれようぞ。」 「者共、押し出せ。」
津毛城主神前和泉は馬上から采配を振った。 百余の城兵が大手門を開き七曲りを一気に懸け下った。 途中まで登って来た神保の将、小島六郎左衛門の兵を蹴散らす。
「神保ごとき何ほどのことがあろう。」 「このまま一気に押し潰すのじゃ」
と熊野川縁まで神保勢を押し返したときであった。
バン、バン、バン、バン
対岸から弾けるような音がして先懸けの数名の兵がはじけ飛んだ。 ヒヒーン 馬が驚いて撥ねる。 神前和泉はドウとばかり落馬した。
「討ち取れ。」
と、ワッとばかり小島六郎左衛門の兵がむらがった。 神前和泉の郎党が防戦する。 形勢は一気に逆転した。
「引け、引け。」
神前軍は、熊野川を東に退却した。
その隙に小島甚六郎左衛門尉は、津毛城に押し入る。
押出した兵が城に戻れず、大手の守兵は10名ばかりの寡兵であったため たちまち占領されて落城した。
康胤が小黒まで進んだとき、この報がもたらされた。
「申し訳ござりませぬ。」
神前和泉は体を震わせ地面に額を擦り付けて詫びる。
「なんたることじや」
椎名康胤は床机から立ち上がった。
「城を取り返すのじゃ。」 「上熊野の城まで進もうぞ。」
おう。と居並ぶ旗本、侍大将が立ち上がった。
「お待ちくだされい。」
進み出たのは彦三郎である。
「神前殿の過ちは、鉄砲によってでござる。」 「いつのまにか神保は鉄砲を備えておりまする。」 「鉄砲を用いると「いくさ」の仕方が変わってきます。」 「侮ってはなりませぬ。」
|